白紙

**奥州藤原氏**
奥州藤原氏の基礎を築いたのは,岩手県に勢力を持った安部氏と秋田県に勢力を持った清原氏である
749年に日本で始めて金が採掘され,朝廷が金を求めるため,坂上田村麻呂や源頼義を遠征させ前9年合戦後3年合戦が始まる
最後に残った藤原清衡(清原清衡が最初の名前)に,朝廷が安部氏と清原氏の領土であった北東北全土を与え陸奥守に任命した
その後,平泉に中尊寺を立て,奥州藤原氏の基礎を築き,清衡,基衡,秀衡,泰衡の4代に渡り100年の繁栄を極めた
3代秀衡は,源義経を匿ったが,4代泰衡は頼朝の要求を拒みきれずに義経を自殺に追い込み,同1189年源頼朝に奥州藤原氏は滅ぼされた

前9年合戦:朝廷では安部氏を滅ぼすため源頼義を東北に派遣したが安部氏に苦戦した
源頼義は清原氏が援軍に加わり,安部氏を滅ぼすことが出来た
後3年合戦:源義家が,安部氏の領地を清原清衡に南半分を与え,清原家衡に北半分を与えた
家衡が不満を持ち清衡の家族を虐殺したが,源義家が家衡を滅ぼした
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