白紙

**佐竹氏**
八幡太郎義家の流れを汲む名族
常陸国久慈郡佐竹郷の地名「佐竹」を名乗った佐竹昌義が初代
源平の戦いで平家とした佐竹隆義が源頼朝の討伐に当たって却って領国を追われるがその後,頼朝に従う
18代当主佐竹義重は「鬼義重」といわれる名将であった
そして義重の子の佐竹義宣が豊臣秀吉の小田原征伐に参陣して常陸54万石の大名として認めらた
1600年に佐竹義宣は関ケ原の戦いで西軍に関与(実際は西軍と東軍に与するという曖昧な態度を取った)たため、戦後に徳川家康の命によって出羽久保田18万石に減移封された
江戸時代は秋田藩で外様大名として存続した

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